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大阪高等裁判所 昭和29年(ラ)210号 決定 1955年12月21日

抗告人 鳥居利三郎

相手方 京都府収用委員会

主文

原決定を取消す。

相手方委員会が昭和二九年一〇月九日なした起業者京阪神急行電鉄株式会社、土地所有者抗告人に関する京都市下京区四条通大宮東入立中町四七八番地の土地二一坪三合五勺に対する土地収用裁決の執行は京都地方裁判所昭和二九年(行)第一三号土地収用裁決取消請求事件の判決確定に至るまで停止する。

申立費用は第一、二審共相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は主文第一、二項同旨の決定を求めその理由として次のとおり陳述した。

「本件土地収用裁決の執行停止を申立てる理由は右裁決に次のような違法があるためである。

(一)  相手方委員会は昭和二八年一〇月二七日京都府自治会館において開かれた本件審理の委員会において委員中村一策が欠席したため、その代理人として八木繁雄を出席させ委員としての事務を執行させた。しかしこの職務の代理を許したものと見られる何等の規定もないから右審理は違法である。

(二)  右中村一策委員は昭和二九年六月一四日辞任したが、相手方委員会は予備委員雉本俊平、杉村敏正が置かれていて、委員が辞任して欠員を生じたならば、予備委員中の先順位者を委員として補充することになつているに拘らず、相手方委員会はこの補充をなすことなく、欠員のまま審理裁決をなした。右予備委員二名が順位を付して任命されていたか否かも疑わしく、仮に順位が付されていたとしても、欠員を生じたことを予備委員に通知した事実がないのであつて、この通知なくして当然予備委員が委員に就任すると解するのは不合理である、尚仮に、予備委員に欠員の通知なくして当然に委員として就任するとしても予備委員両名のいずれに対しても委員会招集の通知はなかつたから、中村委員の辞任の日以後の委員会は正式に成立していない。

(三)  相手方委員会は本件審理の期日の殆ど全部において審理を公開せずに行つた。即ち抗告人は各審理期日に必ず出席して或は傍聴し或は意見を述べたが委員間の意見の開陳乃至交換を聞く機会は全く与えられなかつたのであつて、委員間の討議や決定は関係人及び傍聴人の退室後に行われた。特に昭和二八年一〇月二七日京都府自治会館で開かれた委員会においては起業者の意見を陳述する段階で抗告人は退席を求められ、起業者の意見を聞く機会を与えられなかつた。これは明に土地収用法第六二条に定められる審理の公開の原則に反し不当に抗告人の権利を制限したものである。

(四)  相手方委員会は抗告人の替地による、補償の要求に対し裁量を誤り、違法な裁決をなした。即ち裁決書はその理由中において、「土地所有者が指定した大宮通四条角西側はその地下部分が既に地下鉄道として完全に起業者がその事業に使用して居り、又その地上部分は第三者の賃借権の対象となつて居りこの部分を替地として提供するため第三者の既得権を害することはできない旨の起業者の主張は相当と認められる」と論じたが、土地収用法第八二条二項との関係において次の三点に問題が集約される。

(1)  抗告人の替地の要求が相当であること。抗告人は古くから本件土地を含む土地とその地上建物を所有していたが戦時中疎開命令によつて建物を毀され、土地は道路として京都市に買収され僅に残つた本件土地上に建築をして京土産品販売を業として生計を立てているのである。この土地を収用されたら附近に土地を購入することが容易でないのみでなく、仮に得られたとしても抗告人の営業は京阪神急行駅から遠ざかるにつれて不利であること明である。従つて抗告人が現在地の附近に替地を要求するのは過当な要求ではない。殊に抗告人が替地として要求したところは現在起業者が第三者にタクシー置場として賃貸している空地であつて、抗告人が本件土地を収用されて受ける損害と、起業者がこの土地を替地として抗告人に提供することによつて被る損害とを比較してみれば抗告人の要求が不当でないこと明である。

(2)  替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないこと。抗告人はこの替地を貰つてそこに現在の店舗を移し、営業を継続したいと念願しているだけであるから、その地下部分は全然不要であり、起業者が現在同様に地下道として使用することには何等の変更を来さない。又右替地の地上部分は現在起業者から京都相互タクシー株式会社に賃貸して居るのであつて、電車停留所にタクシー置場を設けるのは乗客のサービスのため必要であると言うが、タクシー業は起業者の事業と不可分に結合した業務でなく、ここに置かなくとも起業者の事業の執行に支障を来すものでもない。

(3)  起業者が右替地を抗告人に提供することは決して不可能ではない。その借地人なる前記会社は六ケ月毎の契約を以て使用して居り、その請書第六条によれば起業者の必要の生じた場合には契約期間中でも起業者の要求によつて明渡すとの定めがあるから、起業者がこの土地を抗告人に提供することは決して難かしいことではない。

以上のとおり抗告人がこの土地を替地として要求したことは土地収用法第八二条第二項の要件を充しているのであつて、同項が単に「収用委員会が相当と認めるとき」と規定せずして、裁決についての要件を列挙していることから見れば、この規定は収用委員会に或程度の裁量判断を許容しているとしても、その裁量にも当然の限界があり、客観的に法の要求する替地補償の要件が備わつたときは収用委員会は替地補償の裁決をする義務がある。かく解することは土地収用法が一方公益事業のために私的所有権を制限収用する途を作ると共に、他方これにより制限収用される所有権に対し憲法第二九条第三項の保障する「正当なる補償」の請求権を確保せんとする趣旨に適合するのである。しかるに相手方委員会が本件において客観的に替地補償の条件が充足しているに拘らず抗告人の替地要求を却下したのは違法な処分である。

(五)  更に本件土地収用裁決の基礎となつた建設大臣のなした起業者の事業認定そのものが違法である。起業者はその京都停車場の拡張工事のため昭和二六年一一月二四日建設大臣の事業認定を受けたのであるが、その事業設計書によれば、事業はすべて必ずしも運輸の施設という公益事業のみに限らず、純粋の公益事業以外の営利の目的のためにする計画をも含んでいる。およそ我国大都市の郊外電車のターミナルが殆ど例外なく停車場としてと同時に百貨店その他の営利事業にも併せて使用されていることは顕著な事実であつて、本件の場合もその例外ではない。起業者が建設大臣に事業の認定を受けるために提出した事業設計書を見ても明かに公益事業以外の営利事業のための設計がなされている。即ちその設計書の一階に計画された廚房の部分、二階に計画された食堂及び集会席、ならびに地階に計画された貸店舗と推定される空間の部分等は明かに公益事業のための施設ではなく、又軌道運輸という事業に必然的に随伴する施設とも考えられない。然るにこのような公益事業のために直接必要でない、営利事業のための空間を含んだ設計書によつてその設計全体を土地収用のための公益事業として認定した処分は明らかに違法である。従つてかかる違法な事業認定を基礎にして行われた土地収用裁決も亦違法である。

而して事業認定と土地収用裁決とは一応別の行政処分であるが、両者は密接不可分の関係にあり土地収用裁決は事業認定を前提として行われ、その完成である。両者は一貫した一聯の処分であつて、いずれの処分もそれ自体独立しては意味をなさない。従つて土地収用手続の最終結実としての収用裁決の取消の訴はその前段階におけるあらゆる違法を理由としてなし得るものと解しなければならないのであつて、事業認定の違法についての出訴期間を経過したからといつて、本件収用裁決に対する取消の訴において右の違法を攻撃し得ないものではない。

かくして起業者の設計書のうち公益事業以外の営利事業にあてられた空間を取除き、純粋に停車場としての必要な限度に限定すれば起業者の設計図は広きにすぎるのである。従つて起業者の必要とする停車場の機能を少しも減ずることなく、設計図を修正することによつて抗告人に補償として提供する替地を捻出することができるのである。原処分が起業者の設計について、その公共のための必要性を検討しないでそのまま鵜呑みにして裁決したのは審理不尽であるのみならず、若し起業者の設計図を公益事業に必要な部分にのみ限局するときは起業者の所有地の一部分を替地として補償することができ、而もそれによつて少しも起業者の事業に支障を来たすことはないのに拘らずそれをしなかつたのは違法である。

右(五)の主張についての相手方の主張に対しては、事業認定は形式的には一応独立した行政処分であるが、実質的に見れば、それ自身が独立して意味のあるものではなく、必ずそのあとに土地収用裁決を伴い、之によつて完結する一連の土地収用処分の一部分であり、事業認定処分は土地収用裁決によつて具体的な権利義務関係となつて現われる。即ち事業認定は土地収用裁決の中に結実している。従つて事業認定処分に含まれた違法は土地収用裁決処分として具体化するのであるから、土地収用裁決の効力を争う訴において事業認定の段階における違法をも争い得なければならない。更に本件については土地収用法の改正の前後に跨つたことに因る次のような特殊事情がある。

即ち本件事業認定は昭和二六年一一月二四日建設大臣によつてなされたのであるが、この時はあたかも旧土地収用法が失効し、新法が同年一二月一日に施行される直前に当つていた。而して旧法によれば事業認定に対する訴願は許されず、且新法第二四条、第二五条に相当するような事業認定申請書の公告もその縦覧も利害関係人の意見書の提出も認められなかつたのであつて、事業認定は土地所有者の知らないところで知らない間に、且つ仮令たまたま知つたとしても、何等之に対する有効な阻止手段も認められないままに決定されてしまう仕組となつていた。勿論そのときも行政事件訴訟特例法が存在したが、未だ事業認定の段階では具体的に誰の土地がどの程度に収用されるか明でないから、一般的にいわゆる民衆訴訟が許されない以上この段階で土地所有者が行政訴訟を提起するにはその当事者適格について問題があつた筈であり、この当時においては事業認定に対して土地所有者を救済する方法は決して十分ではなかつた。かような事態を無視して事業認定処分を確定不動のものとする主張はあまりに形式的であり、最高裁判所判例が自作農創設特別措置法による農地買収処分に関し買収計画に対する異議申立、訴願、訴訟の提起期間を徒過した場合にも買収処分の取消訴訟において買収計画の違法を主張し得ることを認めた法理は本件についてもそのまま妥当すべきである。

以上に列挙した理由のいずれの一をとつてみても相手方の裁決は違法であるから、その取消の訴訟を提起したが、土地収用裁決書によれば、本件土地の収用時期は昭和二九年一〇月三一日ですでに経過しているから、若し裁決のとおり執行されたら、抗告人は現住所で営んでいる京土産品商を即時やめるほかはなく、かくては生計の道を奪はれ、一家及び従業員は失業の憂目を見て路頭に迷うかも知れず、その損害は莫大で償うことはできない。之に反して起業者は、将来抗告人が本訴において敗れ、収用委員会の裁決どおりに確定しても、工事着手が暫く延期されるだけであつて、少しも損害を被らない。収用時期をすぎている現在右裁決の執行停止は緊急を要する。

以上の理由によつて本抗告に及ぶ次第である。」

相手方代理人は「本件抗告を棄却する」との決定を求めその理由として次のとおり陳述した。

「抗告人主張の(一)の点については、相手方委員会の昭和二八年一〇月二七日の審理期日に委員中村一策が欠席した事実は認めるが、八木繁雄をその代理として事務を執行させたことは否認する。委員会の審理は公開が原則であるから、その期日には京都市役所の吏員その他の傍聴者もいるのであつて、単に八木繁雄が委員会の室に入室していた事実のみでは委員会の事務を執行したことにはならない。

同じく(二)の点については、委員中村一策が昭和二九年六月一四日辞任したことは認めるが、昭和二八年一〇月以降相手方委員会の予備委員は第一順位雉本俊平、第二順位杉村敏正であつたから、中村委員の辞任後は右第一順位予備委員が当然に本委員となつたのであつて、その後各委員会開催毎に同委員に通知を発送している。

同じく(三)につき、収用委員会は本件裁決に至る迄の間頗る慎重な態度を以て審理し、抗告人の意見書は法定期間経過後の提出にかかるものについても、三回に亘つて提出を許容し、委員会が現地を視察し、抗告人の替地による補償希望に対しても起業者と抗告人の間に和解を斡旋し物件移転料についても抗告人の選任した鑑定人の鑑定の結果はもとより起業者側や委員会の選任した各鑑定人の鑑定の結果を綜合して適正妥当な補償額を決定したものであつて、違法の余地はなく、相手方委員会は前述のとおり抗告人及び起業者が意見書を提出する毎に各々謄写し、委員並に相手方に配布して置き審理に当つては、土地所有者である抗告人及び起業者に開会の通知を発し、審理に際しては京都府土木部監理課の課長及び職員をして朗読せしめ、抗告人の意見等については親切丁寧に指導せしめ、機会ある毎に口頭を以て意見を述べさせたのであつて、何等不当の処置はなかつた。

(四)については、土地収用に対する補償は金銭補償を原則とし、替地による補償は例外である。しかし、相手方委員会は原則例外を問はず、抗告人の指定した現在地下鉄道の上部の空地で、目下相互タクシー株式会社に賃貸中の土地を調査したのであるが、同会社の既得権益を害することはできないばかりでなく、期間は六ケ月という短期賃貸借であり、尚起業者の必要のある場合は何時でも返還することの約があり、且地上の建物は移動式のものであり自動車の駐車のみで永久的の建物もなく、地下鉄道に支障のない実状にあるに反し抗告人に替地として提供すれば半永久的な建物を建設することが予想され、同建物に居住することも思考され上水道の使用、下水の排出が地下道に悪影響を及ぼす危険も予想されること、抗告人の営業品目は京土産のほか、果実類や一般の菓子類及食糧品を多数販売していること並に抗告人の商才から見て本件収用地を若干距つても営業成績に消長のないことなどの実態を勘案の上、他の数ケ所の替地について和解の斡旋を為したが抗告人は之に応じなかつたので、已むを得ず種々の事情を考慮の上金銭補償の裁決をなしたもので、万全の措置を講じたのであるから何等違法の点はない。

(五)の主張については、公共事業の内、抗告人の指摘する部分は軌道運輸事業という公益事業の施設の一部分にすぎないから、事業認定処分には違法はなく、従つて之に基いてなした本件収用裁決にも違法はない。而して本件事業認定は旧土地収用法により建設大臣がなしたものであつて、旧土地収用法によれば事業認定に対する訴願はできなかつたものであり、仮に百歩を譲り、本件事業認定に若干の見落しがあつたとしてもこの瑕疵を以て取消の理由とならない。抗告人は本件事業認定に対し違法不当があれば行政事件訴訟特例法第二条第五条により本件事業認定の行政処分があつてから、六ケ月内に訴訟による救済を求めるべきに拘らずこの出訴期間を徒過したから法律上救済を求めることはできない。本件収用につき建設大臣が旧法に基いて認定した事業が何であるかは起業者の事業認定申請書に添付した事業計画書及び図面により判定すべきもので、収用委員会としては右事業認定に基いて裁決をなすべきであり、之を変更した認定は違法となるのであるから本件裁決は違法不当ではない。仮に新土地収用法の施行により同法第一二九条第一項同法施行法第五条から見て事業認定にかしがあつたとしても、抗告人は事業認定に対する訴願申立期間中に之を為さず、依て本件事業認定は確定不動のものとなつたのであるから、収用委員会はこの事業認定を変更すべき何等の権限のないこと当然であつて、起業者の設計図を修正することによつて替地を捻出しなかつた本件収用裁決を審理不尽であるとする抗告人の主張は失当である。」

(疎明省略)

仍て考察するに、抗告人主張のごとく、建設大臣の事業認定を受けた京阪神急行電鉄株式会社が起業者として同電鉄京都駅停車場拡張用地を取得するために抗告人所有の京都市下京区四条通大宮東入立中町四七八番地の土地二一坪三合五勺の収用を相手方委員会に申請したところ、同委員会が昭和二九年一〇月九日附を以て右土地を金六七七万四六六〇円の補償により収用すべく、その時期を同月三一日とする旨の裁決をなしたこと及び抗告人が右裁決の効力を争つて京都地方裁判所に土地収用裁決取消の訴を提起し同庁同年(行)第一三号事件としてけい属中であることはいずれも当事者間に争がなく、原審における抗告人本人審訊の結果及び当審証人鳥居寛の証言を綜合すると、抗告人は本件土地上に中二階建店舗を所有し、ここにおいて昭和二十五、六年頃より京土産物商を営み、地の利を得て京阪神急行電鉄の乗降客等を顧客とし抗告人家族八名の外に男女各一名の従業員を使用し、月二十五、六万円の売上を得て相当の営業成績をあげていることが認められる。而して本件裁決が執行されて、単に金銭補償によつて店舗を収去され、土地所有権を失つた場合は、抗告人の営む京土産物商という営業の性質上本件土地と大略同程度の条件を持つ土地を他に求めることは著しく困難で転廃業の已むなきに至り、失職の後は生活の危険にも直面するおそれのあることは十分考えられるところである。而して本件裁決の収用時期である昭和二九年一〇月三一日はすでに経過している。以上の情況を考察すれば抗告人側には本件収用裁決を執行されることにより著しい窮迫を生ずること明である。

しかしながら、行政処分の執行停止のためにはこれが一種の保全処分たる性質を持つことに鑑みて、本案請求が法律上理由がありかつ事実上の点について疎明のあることを必要とすること勿論であるから、以下抗告人の(一)乃至(五)の主張の内先ず(四)及(五)について考察する。

抗告人は相手方収用委員会に対し大宮通四条角の部分その他の土地を替地として指定して要求したのであつて、抗告人はこの点について、右替地の要求が相当であり、又起業者の事業又は業務に支障を及ぼさず、而も右替地を抗告人に提供することは不可能でないと主張するのであるが、電鉄経営の事業はタクシー業者と密接な関連を持つものであつて、特に終着駅構内にタクシー乗場を持つことは必要欠くべからざるものであるから、之を替地として提供することは起業者として堪え得ないところである。又抗告人が替地として要求したその余の土地も亦そのまま替地としての要件に叶うか否か疑問を挿むべき点が多い。しかしながら土地収用法第八二条の解釈上、起業者所有土地の内土地所有者が指定した特定の区劃以外においても同一の土地の内に替地として提供することのできる土地がある場合には収用委員会はこの土地を以て替地による損失補償の裁決をする余地がないかどうかを更に検討しなければならない。

而してこの見地から本件収用裁決の基礎となつた建設大臣のなした起業者の事業の認定について考えてみると、起業者の提出した事業設計図(甲第二、三号証)によれば、一階には廚房二階には食堂及び集会席、地階には貸店舗と見られる部分などの存することが認められる。もとよりこれらの部分も公益事業たる電鉄経営と全く関係のない単なる営利事業と見ることはできないけれども、抗告人が前記認定のごとく重大な利害関係をもつ本件係争土地を単に金銭補償を以て収用してまで、この設計図どおりに実施しなければならぬほどの公共の利益に基く要請があるものと見ることはできない。私有財産を収用するについては公共の利益のために真に必要欠くべからざる場合に限るべきであり、又之を収用するについても正当なる補償をなすを要することは土地収用法改正の前後を通じ何等変更がない。当審証人鳥居寛の証言により成立を認められる甲第四号証の記載に対比しつつこの設計図を見ると当裁判所も本件土地上に建築される建物の一階若くは地階の内前記のいずれかの部分において本件係争の抗告人所有地と大差のない程度の坪数の部分を替地として抗告人に提供し、その使用の約定を結ぶ余地があるものと認められるので、本件事業認定そのものの内少くとも一部分において公共性の判断を誤つた違法の点があるのでないかとの疑を持たれるのである。

勿論本件事業認定は旧土地収用法の当時に行はれたのであるから、之に対し訴願を許されないものであつたが、しかし、その故に事業認定そのものが確固不動のものとなつたと見るべきではない。事業認定行為の名宛人は不特定人であつて、事業認定があつたからとて特定の人の特定の権利に対し法律上確定した影響を与えるものではなく、その後土地細目の公告以下の手続を経るに従つて相手方も特定せられ、特定の物又は権利に対する特殊の拘束力を生じ、起業者と土地所有者その他の関係人との間に具体的な法律関係が形成されるに至るのである。従つて事業認定そのものが確定したとしても、その確定的効力は事業認定の内容に存する違法が存しないことに確定する効力を生ずるものではない。土地収用法第八二条第二項は土地所有者又は関係人の替地の要求が相当であり、且つ、替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないと認めるときは、替地による損失の補償の裁決をすることができることを規定しているが、この規定は、この要件に該当するときは必ずこの裁決をしなければならぬ趣旨と解すべきである。而してこの替地の要求の相当であると見るためには、土地所有者等の要求した特定の個所でなくとも同一の土地中の他の部分に替地として提供し得る場合をも包含するものと解すべきこと先に説明したとおりである。従つて収用委員会としては事業認定においてなされた事業全般の公共性の判断そのものに反する裁決はなし得ないことは勿論であるが、さればとて事業の認定の中においてなされた判断の末端に至るまで全く変更を許されぬものではなく、土地収用法第八二条によつて収用委員会に許容される範囲内においては、替地による補償を認めて事業設計の一部を変更することのごときは許されるものと解すべきである。斯様な意味において本件収用裁決取消の訴において事業認定の違法を攻撃し得る余地があるものと認められる。乙第八号証によつてもいまだ抗告人が金銭補償を以て満足し得ることの疎明があつたものと謂うに足りず、その他相手方の提出にかかる全疎明方法を精査しても右になした判断を左右するに足りない。

而して以上の説明を綜合して考察すれば、抗告人の(一)乃至(三)の抗告理由について判断を加えるまでもなく、本件については行政事件訴訟特例法第一〇条第二項所定の「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるものと解するのが相当であるから、本件執行停止申立は相当として認容すべきであり、之を却下した原決定は失当であつて、本件抗告は理由がある。仍て原決定を取消すべきものとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九六条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 沢井種雄)

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